top of page

人生は何が起こるかわからない 2

シルビアは鏡の前に立って自分の姿をまじまじと見ている。 動くたびに少し短めのスカートがふわりと空気を運んだ。 「まさかこの歳になって、こんな可愛らしい服を着ることになるなんて思わなかったわ」 「お下がりでごめんね?サイズとか大丈夫?」 古代図書館で『異世界の本』を探していた勇者一行。それらしい本を見つけたところまでは良かったのだが、本の所有者らしき魔物に襲われ何が起こるかわからない呪文『パルプンテ』をかけられてしまった。 その呪文によって少年の姿になってしまったシルビアは、宿屋の一室を借り、そこでベロニカの服を装備させてもらっていた。身体だけが小さくなったので今まで装備していた服がほとんど着れないのだ。 「丈がちょっと短い気もするけど、動きやすくていいわね!」 緑地に白い水玉模様の『プリティエプロン』がよく似合っている。スカートの裾を少し恥らいながら下に引っ張る姿は本当に女の子のようだった。 「ありがとう、ベロニカちゃん」 白い頬をうっすら桃色に染めて微笑むシルビアの顔を間近で見ながら、イレブンがどうしても着せて欲しいって譲らなかったのも頷けるわ、と一人納得するベロニカ。 もとの姿の時からそうだろうなと思ってはいたが、実際目の前に答えがあるとなんだか落ち着かない気分になる。しかし何度見てもやはりシルビアは美少年なのだ。 「みんなが待ってるし、そろそろ行きましょうか」 宿屋の一階では他の仲間たちが『異世界の本』を囲んで何やら話し込んでいる。 「お待たせ!」 イレブンは本から顔をあげ、声のした方向を見た。 『プリティエプロン』はベロニカのお下がりで、イレブンが鍛冶で作った装備だ。作った当初ベロニカが嬉しそうに装備しているのを見て、なぜか母親のような気分で喜んだのを覚えている。 しかしその後も節約のためにいろいろな装備を作り、その服は装備袋に収納されてしまったので少し残念であった。 呪文で縮んでしまったシルビアがぶかぶかの服に動きづらそうにしていたので、着てみることを進めたのだが、正直ここまで可愛いとは思わなかった。 「かわいい…」 「ええ、とっても似合っていますわ!」 思わず零れたイレブンの感嘆の呟きにつられて、セーニャも声をあげた。 二人の反応にベロニカは、でしょでしょと得意げに頷く。 「ありがとうね」 にっこりと綺麗な笑顔でお礼を言うシルビアに、その場の誰もが胸を高鳴らせた。 これはいけない、可愛いが過ぎる。その笑顔と際どいスカートの裾は掛け合わせてはいけないものだった。シルビアへの想いを拗らせているイレブンは、変な虫が付いたらどうしようと頭を抱えた。 「良かったな、イレブン」 カミュは一人でうんうんと唸り始めたイレブンの肩をポンと叩く。お前が考えていることはよくわかってるぜ、と言わんばかりに。 「それで…呪文の効果について、何か分かった?」 ベロニカの一言で再び本に視線を戻した一行。それほど厚くない本なので、シルビアの着替えを待つ間に読み終わっていた。 「それがどうにもね…」 「普通は戦闘が終了した時点で、効果が消えるはずなんじゃがの」 『異世界の本』にはパルプンテの効果は一時的なものであると記されているが、具体的な時間はかけられた効果によって違うのだそうだ。少しの間行動できなくなるものや、戦闘が終了するまで継続するもの。 本を隅々まで読んでみたがシルビアの効果に該当する項目が見当たらないので、いつまでこの状態が続くのか誰にも分からなかった。 「…戦闘が終了…」 シルビアはその言葉にはっとして、仮説にすぎないのだけれど、と切り出した。 「もし、あの時の戦闘がまだ終わっていないのだとしたら」 一同は合点がいったようにため息を漏らした。 「…なるほどな…」 「あの逃げた魔物を見つけたら何か分かるかもね…」 「ホムラの里のルパスさまに聞いてみるのはどうでしょうか?」 異論はない。一行はセーニャの提案でホムラの里に行き、情報屋ルパスを尋ねることにした。 *** ホムラの里に着いたが、肝心のルパスの姿が見当たらない。イレブンは近場の住人にその所在を尋ねてみた。 「ルパスならダーハルーネに向かったぜ」 「ダーハルーネ!?なんでまたそんなところに…」 やれやれと肩をすくめるベロニカを宥めるようにシルビアはその頬をつついた。 今までと比べ身長が近い二人は、この視線だからこそわかる苦労を語り合い、意気投合していた。なんだか仲の良い友だち同士みたいで少し羨ましいと思う。 「そうだ、せっかくホムラまで来たんだし、お風呂でも入っていく?」 イレブンはカミュと入った蒸し風呂を思い出した。 ここの蒸し風呂は、シケスビアの寒さで芯から冷えた身体を温めるのにはちょうどいいのではないか、そう思っての発言だ。 「ここで待っていても退屈だものね」 もとには戻りたいけど、そんなに急ぐこともないと思うの、と当事者であるシルビアも現状を楽しむ方向に考えているようだ。 「時間も時間だし、聞くのは明日でもいいんじゃないか?」 今から向かってもダーハルーネに着くのは夜になる。 今日はもうルパスに話は聞けないだろうと、ここは満場一致で自由行動となった。 「イレブン、蒸し風呂行くんだろ?付き合うぜ」 カミュも最初にホムラに来た時のことを思い出したのだろう。今度は勝手にいなくなるなよ、とイレブンは念を押されてしまった。 「アタシもご一緒してよろしくて?」 そんな二人の手を取ってシルビアは楽しげに蒸し風呂へと引っ張っていく。 「あっ!!?」 イレブンはそこでようやく事の重大さに気が付いた。 自分は今から想い人と一緒に蒸し風呂に入ることになるのだ。入る前からのぼせそうである。いくら小さくなっているといっても、シルビアはシルビアだ。むしろ小さいからこそ、可愛さ余ってよからぬことをしてしまいそうになるのでは。それはまずい。非常にまずい。 「まじかお前」 イレブンの蒸し風呂発言を聞いたときからこうなる予感がしていたカミュは、今になって狼狽えだした相棒に呆れた声をあげたのだった。 「ようこそホムラの蒸し風呂へ!男性は左、女性は右へお進みくださいな」 蒸し風呂の受付に着くとそれぞれ室内着を渡された。3人揃って男湯ののれんを潜ろうとすると、受付のおばさんがシルビアに声をかける。 「お嬢ちゃんはそっちでいいの?」 今のシルビアは見た目が完全に女の子であるので、女湯を進めているのだ。 ここでシルビアの性別がばれたら。男の子にこんな服を着せているなんて社会的に殺されてしまうと内心ひやひやしながら、イレブンはおばさんとシルビアのやり取りを見守る。 「アタシは男湯で大丈夫よ!このお兄ちゃんたちと一緒がいいの!」 「あらそうかい?お兄ちゃんたちが大好きなんだねぇ、行ってらっしゃい」 固唾を呑んで様子を見ていたイレブンに駆け寄りながら、シルビアは小さく舌を出してみせた。 「アタシお嬢ちゃんじゃないからね」 それは年齢的な意味でか、それとも性別的な意味でか。もしかしたら両方の意味かもしれない。 受付のおばさんに女の子だと思ってもらえたことがシルビアの乙女心を加速させる。 どうせなら、小さくなった今でしかできないことをしたい。シルビアがこのくらいの年齢だったころは父親に剣の振り方を叩き込まれていた。あのころできなかったことを、今ならやれるかもしれない。 小さく肩を震わせてクスクスと笑うシルビアにイレブンのHPは半分ほど削れた。 脱衣所でさっさと着替えたカミュは、シルビアと一緒に入ってきたイレブンがすでにへばっているのを見て頭を抱えそうになった。 この先が不安でたまらない。

「おい、イレブン…しっかりしろ…」

「どうしたの?」

こっそりべホマを唱えたイレブンは、なんでもないよと答えて適当な籠に装備を放り投げた。

鼻歌をうたいながらもくもくと服を脱ぎ始めたシルビアを視界に入れないように、己が着替えることだけに専念する。

「イレブンちゃん、なんでそんなにぎゅっと目を閉じてるの?」

「いや、ちょっと目にゴミが!!あはは!!」

「まあ大変!擦っちゃだめよ?」

ちょっと見せて、と服の裾を引っ張るシルビア。どうやら屈んでほしいようだ。

本当はゴミなど入っていないイレブンは、焦って目をカッと見開いた。

「あ、取れたみたい!もう大丈夫!ありがとうシルビ…」

「そう?よかった」

残念ながらイレブンの視界に入ったシルビアはもうすっかり着替え終わっていた。それでもイレブンが言葉を失ったのは、シルビアがとても小さくか細く見えたからだ。

スカートを履いていたからあまり気にならなかったのかもしれない。薄い布一枚になった彼はそれはそれは華奢であった。細い腰で結ばれた紐は羽がいくらか大きめで、裾から覗く手足はスラリとしなやかに伸びている。

「シルビアさん、僕が守ってあげるからね」

「え?…ふふ、ありがとう」

「なあ、もう入ろうぜ?」

混乱状態の勇者が何かを口走る前に、カミュは蒸し風呂へと誘導した。

もしもの時フォローができるようにイレブンを隣に座らせ、ふうと息を吐く。

雪原で冷えた身体がだんだんと温まってきた。

「あったまるわね~」

「やっぱりいいな…ここの風呂は…」 「…シルビアさん…まつ毛、長いね…可愛いよ…」

メダパニのかかったイレブンはぼんやりと隣に座るシルビアを見つめた。いつもは元気に跳ねている黒髪が水気を帯びて細い首筋に流れ、体温が上がったために色づく頬と伏し目がちのまつ毛の影が言いようのない色気を醸し出している。

「やだイレブンちゃん!のぼせたの?」

赤い顔で息を荒げているイレブンをシルビアは心配そうに覗き込んだ。

しかしそれは逆効果である。普段の何十倍もシルビアが美味しそうに見える。

「そろそろ出るか、だいぶ温まっただろ」

カミュはもうこれ以上は限界だと踏んで、ゆっくりと立ち上がった。

いやまだいける、とわけのわからないことを言っている勇者をシルビアと二人で蒸し風呂から引っ張り出し、元の服を装備させる。きようさスキルの無駄遣いであった。

その後シルビアとカミュは各々着替えを済ませると、勇者を抱えて蒸し風呂をあとにした。

「今日はもう明日に備えて休みましょ?」

「でも…」

「また来たらいいじゃない?ね?」

シルビアは名残惜しそうにしているイレブンを一生懸命説得する。

のぼせている彼を本当はおぶってあげたいが、このサイズではどうすることもできない。

少し歯がゆい思いをしながら、イレブンの手を取った。

「ほら、やくそく!」

小指と小指を絡めて笑うシルビアに、イレブンは完全ノックアウトされたのだった。

特集記事
後でもう一度お試しください
記事が公開されると、ここに表示されます。
最新記事
アーカイブ
タグから検索
ソーシャルメディア
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square
  • Facebook Social Icon
  • Twitter Social Icon
  • Google+ Social Icon
  • YouTube Social  Icon
  • Pinterest Social Icon
  • Instagram Social Icon

© 2017 by VITALITY ZEROOOO. Proudly created with Wix.com

bottom of page