top of page

人生は何が起こるかわからない 1

世界には「何が起こるかわからない呪文」が存在している。使用者本人を含むその場にいる全員が何かしらの効果を与えられる。たとえば竜になってしまったり、時間が止まってしまったり。もちろん良い効果もあるにはあるが、悪い効果も同じくらいあるので一か八かの局面で半ばヤケ気味に使用することが多い。何が起こるかわからないので使うのは最終手段とした方が良いだろう。 「パルプンテ?なんですか?その美味しそうな呪文」 *** 勇者一行はシケスビア雪原の北にある古代図書館に来ていた。 図書館は現在は魔物の住処となってしまっている。そのため一般人ではとても入ることができず魔物と一行の貸切状態である。 重要な書籍を守るため複雑な仕掛けを施された不思議な図書館で、何度行き止まりに立ち止り、何度同じ本を読み返しただろう。勇者曰く、決して好きでそんなことをしているわけではないのだそう。 本当はこんな頭を使うところに何度も足を運びたくはないのだが、たまたま話しかけた村人からある本を探してほしいと頼まれてしまったので三度目となる来訪である。 「イレブン!見ろよ、魔物も勉強するんだな」 「本当だ!なんだかちょっと可愛いし…そっとしておいてあげようか」 カミュとイレブンは本棚の前で授業をしているような魔物を見て、顔を見合わせて笑った。 前回、前々回は襲いかかってくる魔物と戦うのに精一杯で周囲の様子などあまり気にしていなかったのだが、よく見ると彼らはただ本を読んで勉強しているだけで敵意がなかったりする。 それに今回は前に比べ個人個人がいささか強くなっているので、魔物は襲ってこないのである。野生の勘とはなんと素晴らしい。 手近の赤い背表紙の本を手に取っては中身を確認し、本棚に戻す。イレブンはぐるりと周りを見渡して壁一面の本棚にため息をついた。気が遠くなりそうだ。 カミュも探すのに飽きてきたようで、近場の魔物にちょっかいをかけて遊んでいた。 「ちょっと、ちゃんと探しなさいよ!」 「はいはい…わかってるよ」 その様子を見ていたベロニカに指摘され、カミュは肩をすくめて本棚を眺めていたイレブンを振り返る。 「『異世界の本』…だっけ?本当にここにあるのか?」 「あるんじゃない…かな…」 正直本当にあるのか怪しいところではある。 『異世界の本』とは文字通りこの世界ではない別の世界で作られた本だ。あちらの世界のものが、一体どうやってこちらにやってきたのか。なんでこんな場所にあるのか。どうして村人は『異世界の本』があることを知っているのか。 考えれば考えるほどイレブンの頭の中はこんがらがっていった。 「あら、こんなところにいたのね」 思考の無限ループに陥っていたイレブンの頭上から、男性にしては少し高めの声が降ってきた。 「シルビアさん」 「何か考え事?」 シルビアは突然現実に引き戻されて驚いているイレブンのおでこを小突いて、人好きのする笑顔を浮かべる。その顔を見てイレブンは思わずドキっとしてしまった。 イレブン16歳、恋する男の子である。最近、いや結構前からシルビアに片想いをしている。しかし恋愛に奥手な少年は、告白することもできず想いを抱えたままズルズルと過ごし現在に至る。 そんなイレブンの気持ちなど全く気付いていないシルビアは、赤くなって固まったイレブンを不思議そうに見つめながら再度つんつんとおでこをつついた。 カミュは横目で動けないイレブンを確認する。完全に固まっているようだ。 今までの経験上、人の行動や思考を読むのに長けているカミュはイレブンの報われない一方通行を目の当たりにして思わず深く息を吐いた。 頑張れよ。イレブン。 そのままシルビアに視線を向けると、手に一冊の本を持っていた。 「ところでおっさん、俺たちを捜してたみたいだけど?」 「ああ、そうそう!それっぽい本を見つけたのよ!でもアタシじゃ判断できそうになかったから見て欲しくて…」 そう言ってシルビアは丁度良いサイズのごく普通の本を差し出した。『異世界の本』なんていうからもっと凄いものを想像していた、とメンバーは少しがっかりそうな顔をしている。 「パルプンテ…っていう呪文の本よ」 「パルプンテ?なんですか?その美味しそうな呪文」 「詳しくはわからないけど、聞いたことのない呪文だったから詳しい人に確認してもらいにきたの。ベロニカちゃん、どう?」 本を渡すとベロニカはペラペラとページをめくった。 「一応図書館にある魔導書で呪文を調べてみたのだけど、どこにも載っていなかったわ」 パルプンテという呪文についてのみ書かれた謎の本だ。何が起こるかわからない呪文、それを唱えて起きた事象の一覧が記されている。 「知らないわね…セーニャは?」 「私も聞いたことがありません…」 ベロニカは隅の方で黙々と本を調べていたセーニャに声をかけた。ベロニカの問いにセーニャは少し考えてから申し訳なさそうに視線を下げる。 「じゃあやっぱりこの本が『異世界の本』なのかしら」 「でもそれだけで決めつけるのはなあ…」 みんなで本を覗き込んでいるとロウが腰を抑えながら近づいてきた。 その数歩後ろにマルティナも続く。 「見つかったかのぉ…あいたた、腰が…」 「大丈夫ですか?」 マルティナに労わられながら歩いているロウ。 一歩踏み出したその時、パサリと冊子のようなものが落ちた。 「ロウ様、お姿を見ないと思ったら…」 ロウが落としたは、ムフフ本であった。 実はみんなが『異世界の本』を探している間、ロウは一人で隠し部屋を探していたのである。そこには噂で聞いた通り、世界中のお宝、ムフフ本が綺麗に並んでいた。 まさに宝庫であった。ロウはそこから気に入った本を一冊拝借して、何食わぬ顔でメンバーと合流したのである。 冷ややかな視線を受けながら、落としたムフフ本を拾いコホンと咳払いを一つ。 そこでふとベロニカが持っている本が目に付いた。 「パルプンテという呪文について書かれた本なんだけど」 「どれ、貸してみぃ」 ふむふむ、これは、と呟き渡された本の文字を目で追うロウを一同は静かに見守る。頼みの綱はもうこの老人だけである。 「確かにこれが『異世界の本』である可能性が高そうじゃ」 「どうして?」 この呪文だけでは別の世界の本だという線は薄いのでは、そう思ってベロニカは疑問を口にした。 「ページの一番最後、著者のプロフィールが載っておるじゃろ?」 ロウが指さす先には著者の挿絵と名前、出身地などが書かれている。 「この国は…わしの知る限り過去にも現在にも存在していない…それと…」

「日付…?」

本の発行日、そこに記されていたのはほんの一週間ほど前の日付であった。つまり、この世界に存在していない国の出身である著者が、ついこの間発行した本であるということ。しかし本は新品というにはいささか薄汚れていた。

「…とりあえずこの本を持っていこうか」

イレブンがロウから受け取った本を大切なもの袋に入れ、依頼人のもとへ向かうべくルーラを唱えようとした、まさにそのときであった。

ピギーッというなんとも情けなさげな叫び声が図書館に響き渡ったのだ。

「なんだ!?」

「今の声は…!?」

敵の攻撃に備え、武器に手を添えながらあたりを見渡す一向の前に、突然見たことのない魔物が現れた。尖った耳に毛むくじゃらの身体、大きな一つ目をぎょろぎょろとさせてこちらの様子をうかがっている。

「見たことないやつだな…気を付けろイレブン!」

カミュは一歩踏み出しイレブンと魔物の間に立った。魔物はジッとこちらを見つめている。何かを言いたそうだ。

(ほん… ほんを かえして)

魔物が微かに口を開くと頭に直接響くような声が聞こえた。

「本…『異世界の本』か!」

「あの本はこのコの持ち物なのかしら」

(かえして かえして)

魔物は声を震わせながら必死に訴えかけてくる。

(かえしてくれない なら)

ぶつぶつと何かを呟いて先ほどまで半べそをかいていた魔物が敵意を剥き出しに襲いかかってきた。

「これはまずい!来るぞ!」

ロウが叫ぶと同時にカミュは魔物に向かってナイフを突き立てた。見たことのない魔物だから全力で攻撃したのだが、一撃では仕留めることができなかった。しかし、カミュの攻撃はなかなか良いところに当たったらしく、魔物はすでに満身創痍の状態である。

これは嫌な予感がする。その場にいる全員がそう思った。

(パルプンテ!!!)

案の定その予感は当たった。最後の手段、ヤケを起こしたとき、または希望を胸に。

何が起こるかわからない件の呪文を唱えると魔物は一目散に逃げ出した。

眩い光があたりを包み込む。

「みんな!大丈夫?」

暫くしてベロニカは自分の身に何も変化が起きていないことを確認すると、すぐさま他のメンツの安否確認を取った。

「私は…どうやらMPが回復したみたいです」

「僕もHPが回復しただけみたいだ」

セーニャとイレブンは良い効果にかかってほっとした様子であった。

「身体がしびれて…」

マヒ効果を受けて動けずにいるカミュにセーニャはキアリーを唱えた。

その間イレブンはそばで眠り効果を受けていたマルティナとロウを起こす。二人が目を覚ますのを確認し、見当たらない想い人の姿を視線で探した。

すぐにカミュの後方に目立つ白黒と赤を見つけ、声をかけようとしたイレブン。

しかしその姿を目にした瞬間、声の代わりに口から心臓が飛び出そうになった。

「おっさん、さっきから静かだけど、大丈……は?」

そこにはベロニカより少し年上くらいの可愛らしい男の子がしゃがみこんでいた。

全員が開いた口をふさぐことも忘れてポカンとその姿を見つめ、男の子もまた呆然としたように仲間を見つめ返した。

「ちょっと…これは…本には書かれていなかったわよね…」

その男の子、シルビアは困ったように笑った。

特集記事
後でもう一度お試しください
記事が公開されると、ここに表示されます。
最新記事
アーカイブ
タグから検索
ソーシャルメディア
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square
  • Facebook Social Icon
  • Twitter Social Icon
  • Google+ Social Icon
  • YouTube Social  Icon
  • Pinterest Social Icon
  • Instagram Social Icon

© 2017 by VITALITY ZEROOOO. Proudly created with Wix.com

bottom of page